STUDY
2023.10.19
「表現主義」って?アートを理解するための基礎を学ぶ【芸術理論②】
作品が「芸術」とみなされるためには必要な要素はなにか、それを定義するために芸術理論が存在します。これまでの歴史において、芸術家や評論家がさまざまな理論に基づき「芸術」の定義を追求してきました。
マティス,『生きる喜び』, Public domain, via Wikimedia Commons
「表現主義」は、そんな芸術理論の1つです。表現主義は芸術家の経験や感性を、作品をとおして表現することを重視します。この記事では、表現主義の芸術理論について、イタリアの大学院で美術史を専攻する筆者がわかりやすく解説します!
芸術理論「表現主義」とは
ムンク,『叫び』, Public domain, via Wikimedia Commons
表現主義とは、芸術家の感情や経験を作品で示し、それを鑑賞した人に同じ感情を呼び起こさせる芸術です。表現主義の考え方の根底にあるのは、「人間には共通の認識が存在する」という価値観です。
悲しい雰囲気やテーマの作品を見ると、つられて悲しい気持ちになることがありませんか?表現主義は、鑑賞者の感情にアプローチし、単に美しい・美しくないの判断以上の価値を芸術に与えます。
表現主義の芸術理論としての革新的なポイントは、「芸術家」と「作品」という絶対的な芸術の構成要素に、新たに「鑑賞者」を加えた点です。表現主義における芸術は誰かに鑑賞され、鑑賞者の感情を揺さぶることで初めて成立するためです。
イギリスの哲学者コリングウッド(1889-1943)は、芸術家は創作活動において、感情を物理的な形に落とし込むと表現しました。芸術家は創作活動をとおして自分自身をよく知ることができるし、鑑賞者は作品をとおして芸術家の「生の感情」に触れることができます。
コリングウッドはさらに、芸術は本質的に精神的な活動であり、物理的なものではないと定義しました。模倣性を追求した写実主義の考え方とは大きく異なり、物理的な側面よりも、感情に焦点をあてたのです。
表現主義は「感情」を重視する芸術理論
ルイージ・ブルジョワ, Public domain, via Wikimedia Commons
表現主義が重視する「感情」は、芸術家の実際の経験に基づいたものです。表現主義芸術家の例として、ルイーズ・ブルジョワ(1911-2010)が挙げられます。
ルイーズ・ブルジョワは幼少期の家庭環境を題材にした作品を残した、フェミニスト芸術家です。彼女が幼い頃、父は不倫を続けており、母と彼女はそれに気づいていました。
性的なモチーフを取り扱う作品も多く、鑑賞者はギョッとするかもしれません。1980年代から2000年初頭まで作成した『CELL』(檻)の作品群では、閉ざされた小さな世界をとおして、彼女が感じていた息苦しさを表現しています。
参照: Louise Bourgeois. Structures of Existence: The Cells | Artsy
作品自体は「美しさ」や「写実性」などといった価値観とは、遠く離れた形でしょう。しかし、作品に込められた強い感情は、鑑賞者の感情を強く揺さぶります。表現主義の真髄は「美」の追求ではなく、芸術をとおしたコミュニケーションにあります。
表現主義の問題点
マティス,『Paysage ou Rue dans le midi』, Public domain, via Wikimedia Commons
表現主義は「感情」や「コミュニケーション」を重視した芸術です。「感情」は芸術が芸術であるために重要な構成要素の1つであり、それにフォーカスした芸術理論の表現主義はロシアの文豪トルストイにも支持されました。
表現主義の問題点は、芸術家と鑑賞者の感情の伝達に焦点を当てる際の「作品自体の評価の低さ」にあります。「感情を伝達すること」が目的であれば、極論、芸術家に直接意図を聞けばいいだけのはずです。表現主義においては、伝達媒体である作品はコミュニケーションの副産物でしかありません。
芸術家の感情や意図を重視することは、匿名作品や説明のない作品の価値を曖昧にする可能性もあります。芸術家によっては、作品のバックグラウンドを語ることを避けたり表題をつけなかったりするケースもあるためです。
芸術はあくまで、物体としての作品表現を基盤とした芸術活動です。(音楽や詩の場合はメロディや言葉)物体の様相をまったく評価せずに感情のみを獣医することには、限界があります。
とはいえ、表現主義は芸術の活発で興味深い部分を注視した芸術理論として一定の支持を得てきました。「芸術は、芸術家と鑑賞者のコミュニケーション」と考えると、作品が一味違って見えそうですね。
この記事が芸術理解に少しでも役に立てば幸いです。以上、表現主義の芸術理論についてでした!

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イタリア・ローマ在住美術ライター。2024年にローマ第二大学で美術史の修士を取得し、2026年からは2つめの修士・文化遺産法学に挑戦。専攻は中世キリスト教美術。イタリアの前はスペインに住んでいました。趣味は旅行で、訪れた国は45カ国以上。世界中の行く先々で美術館や宗教建築を巡っています。
イタリア・ローマ在住美術ライター。2024年にローマ第二大学で美術史の修士を取得し、2026年からは2つめの修士・文化遺産法学に挑戦。専攻は中世キリスト教美術。イタリアの前はスペインに住んでいました。趣味は旅行で、訪れた国は45カ国以上。世界中の行く先々で美術館や宗教建築を巡っています。
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